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危機は、終わったのか - NHK NEWS WEB

危機は、終わったのか

2020年3月15日は、忘れられない1日だ。アメリカで新型コロナウイルスがすさまじい勢いで広がり、「国家非常事態」が宣言された直後の日曜夕方。中央銀行にあたるFRB=連邦準備制度理事会が緊急会合を開き、ゼロ金利と量的緩和の導入を決めた。迫り来る危機的な経済状況を見越して放たれた、最大級の金融緩和策に息を呑んだ。あれから1年半余り。FRBは、この危機対応の“縮小”を決めようとしている。その政策転換は、アメリカ、そして世界の経済に何をもたらすのだろうか。(ワシントン支局記者 吉武洋輔/アジア総局記者 影圭太/マニラ支局長 山口雅史)

危機の拡大を食い止めた

パウエル議長
「重要な役割を果たしてきたが、そろそろ縮小する時だ」

9月22日の記者会見でFRBのパウエル議長は、量的緩和がその役割を終えたという認識を示し、次回11月の会合で政策転換に踏み出す方針を明らかにした。

量的緩和とは、中央銀行が金融機関から国債や証券を買い取り、その分の資金を世の中に大量に供給する政策だ。2008年のリーマンショックの際にも危機対応として導入された。

今回、パンデミックによる経済の崩壊を食い止めるために導入された量的緩和は、そのタイミングも規模も、成功だったとの評価が多い。

アメリカでは去年、一時2000万人以上が仕事を失い、失業率や経済成長率は戦後最悪の水準に陥った。

それでも、ことし春先からワクチンが普及して経済活動の再開が進むと、景気は力強い回復に転じた。経済の低迷が長引く事態を防げたのは、国の巨額の財政出動と、FRBの金融緩和による下支えが大きかったと言える。

FRBも「経済は進展を見せた」と判断。

量的緩和で買い取る国債などの「量」を段階的に減らし、半年程度をかけて政策そのものを終了させる方針だ。

すべてが想定通りではない?

危機対応が役割を終えたとなれば、アメリカ経済にとっては前向きなことだ。

しかし、パウエル議長の表情はどうもさえない。それは、今回の政策転換の背景に、アメリカ経済を覆う不穏な動きが関係しているからだ。

中西部オハイオ州で巨大なディスカウントショップを営むナディム・カリルさんは、こう嘆いた。

ナディム・カリルさん
「値上げなんて創業26年で初めてだ」

店には99セントの商品がところ狭しと並ぶ。日本で言う100円ショップだ。

ところが10月半ば以降、99セントを維持できないものが急増。冬物のマフラーや手袋は1ドル39セントに、シャンプーや洗剤は1ドル29セントに値上げした。

仕入れ値の上昇分をコスト削減などで吸収しきれず、「限界を超えた」からだ。

アメリカではいま、物価が上昇している。景気の回復に伴う適度な物価上昇は望ましいこととされる。しかし、消費者物価の上昇率は、FRBが目標とする2%程度を大きく上回る5%台が、5月から5か月も続いている。

一時的な現象だと繰り返してきたパウエル議長も、ついに10月22日、「予想よりも長引く可能性が高い」と口にした。

背景にあるのが、新型コロナの影響が続くアジアからの輸入品の遅れや国内の人手不足。この混乱による原材料や資材の不足が“悪い物価上昇”を引き起こしている。

物価上昇が一時的ではない可能性が指摘されるにつれ、FRB内部では、このまま強力な金融緩和を継続すると物価上昇に拍車をかけ、インフレを加速させてしまうのではという警戒が高まっていった。

これが“年内に緩和縮小”の判断につながったとみられている。

FRBは、アメリカ国内に新型コロナによる混乱を残しながら、経済の下支え策を縮小に向かわせることになる。

すでに起きている通貨安

エイドリアン局長
「FRBが政策転換のスピードを誤れば、とりわけ新興国に大きな影響を与える」

IMF(=国際通貨基金)がこう警鐘を鳴らす新興国への影響。

その最たるものが「通貨安」だ。金融市場は、FRBの量的緩和縮小の次の一手となる、ゼロ金利解除=利上げの時期を早くもにらみ、来年、利上げに踏み切るとの観測も増えている。

こうした観測が資金のアメリカ回帰につながり、ドル高を生んでいる。裏を返せば、新興国では通貨安が進んでいる。

通貨安は、輸入品の価格高騰などを通じて新興国の経済を混乱させるおそれがある。

苦境の新興国

コロナ禍からの回復が遅れているうえ、物価高が市民生活に影響を及ぼしている国がある。

東南アジアの島国、フィリピンだ。ガソリンなどのエネルギーはもちろん、主食のコメまでも輸入に頼るフィリピンでは、ことしに入って大幅な物価の上昇が続く。

8月の消費者物価指数の上昇率は4.9%と、2年8か月ぶりの上昇幅となった。

市民の台所、首都マニラの生鮮市場に足を運ぶとそれを実感する。

店に掲げられた価格を見ると、

・庶民の魚、ミルクフィッシュ1匹=170ペソ(約380円)
・白菜、にんじんなど=100ペソ(約220円)
・ブロッコリー1キロ=400ペソ(約880円)

マニラ市内の公設市場のデータによると、半年前と比べてにんじんの価格は1.3倍、白菜は1.6倍、ブロッコリーは2倍になっていると言う。

国内産のものさえ値上がりしているのは、輸入に頼る原油の価格上昇によって輸送費が上がっていることなどが背景にある。

野菜売り場の店員
「これ以上、値上がりするなら、すこし悪くなった野菜でも腐った部分を切り取って小分けにして店に出そうと思う。とにかく価格を安くしないと買う人がいなくなる」

豚肉は“黄金”

険しい表情で食料を買い込みに来ていた失業中の女性に出会った。ユニス・モントーヤさん(27)。マニラ市内のアパートで、同じく失業した友人と4人で共同生活を送っている。

1日の食費は4人で1000ペソ(2200円)と決めている。しかし物価上昇を受け、この食費で4人が腹を満たすのは難しくなってきた。

この日は鶏肉の炒め煮を昼食に作った。以前はタマネギ、卵、イモにパイナップルと、たっぷりの食材を入れることができたが、いまはそれができない。

鶏肉とタマネギにしょうゆを加えて水で煮るだけだ。これを翌日の昼食まで3食食べ続けないと予算を超えてしまうという。

モントーヤさん
「鶏肉より高い豚肉は、もはや私たちにとって黄金みたいなものです。これ以上、物価が上がるなら食事を減らさなくてはいけません。人生は厳しいです」

物価上昇の要因は、世界的なエネルギー価格の上昇など、複合的なものだ。

ただ、FRBが利上げに踏み出すことで通貨安が一段と進んだ場合、こうした人々への負担が増すことにつながる。

待ち受ける課題、問われるかじ取り

アメリカはコロナ禍の混乱から抜け出せたと言えず、より厳しい状況にある新興国などへの目配りも欠かせない。

FRBによる金融政策の“正常化”に向けた道のりには、試練が多いだろう。とりわけ物価上昇は、事態を複雑にしそうだ。

パウエル議長は、回復ペースが落ちているアメリカ経済を支えるため、当面、ゼロ金利を維持したい考えだが、想定以上の物価上昇が続けば「早期利上げ論」が浮上する。

景気を安定させながら行き過ぎたインフレを抑えるという“軟着陸”を実現できるのだろうか。

このかじ取りは、ガソリン価格の高騰などの課題を抱える日本経済にも、大きな影響を及ぼすことになる。

ワシントン支局記者
吉武 洋輔
2004年入局
名古屋局・経済部を経て現所属

アジア総局記者
影圭太
2005年入局
経済部で金融や財政の取材を担当し
2020年夏から現所属

マニラ支局長
山口 雅史
2006年入局
宇都宮局、国際部などを経て
2018年より現所属
専門はベトナム語

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